「惑」について

全国に「惑」クラブがどれほど存在しているのだろうか。当部のある静岡に近い各県には1つ以上存在しているので、全国では50クラブ以上はありそうである。筆者の出身地である熊本県はラグビーが盛んな方ではないが、それでも2つはあるようだ。
ところで、40才以上のラグビークラブをなぜ「惑」というのか。「惑」はご存知のように孔子の論語の中の一節「四十而不惑(四十にして惑わず)」からきている。ただし、「40才」を厳密に意味付けするのであれば、「不惑」というべきところではあるが。なぜラグビーだけかというと、はじまりが1948年に世界で初めて40才以上のクラブとして設立された関東の「不惑倶楽部」であり、その後全国で「~惑」というラグビークラブが続々と設立されたからである。そのため、「不惑倶楽部」が「惑」を使っていなければ現在のように全国に「惑」付きクラブは広まっていなかったかも知れない。オーバーフォーティなどと英語で言わなくても「惑」とだけで意味が通じるため、非常に効率がよく、浸透しやすいネーミングでもある。パイオニアである「不惑倶楽部」に敬意を表したい
ところで、「不惑」と「惑」で正反対にもかかわらず、同類として広まったのは、贔屓目にみてラガーマンの包容力、懐の深さ故と理解したい。わが「楽惑」は「不惑倶楽部」の5年後の1953年に設立されたが、意味は「楽しく惑う」であり、「惑わず」などとても言えないということで謙虚な気持ちで命名されたのかも知れない。現代社会において、40才そこそこで惑わない人なんていないのだから、個人的には「惑う」方の命名でよかったと思う。いやいやよかったというより、プレースタイル同様「楽しく惑う」がむしろ正しいのではないか。

 

 

 

 

「楽」について

論語つながりでもう一つ。

「楽惑倶楽部」の命名経緯は存じ上げていないが、非常に良い名前だと思う。その理由は、前述の「惑」とともに「楽」も論語の中で重要な意味を持つ語だからである。「楽」が使われている題の一つに「知好楽」がある。「知好楽」とは概ね「知る者は好む者には及ばない。好む者は楽しむ者には及ばない。」と知られている。つまり、「楽しむ」ものが一番上だということである。

実はこの「知好楽」の解釈は実に難しい。何が一番上かは言っていないので、厳密性に欠ける文章でもある。強い弱いの物差しで、一番強いということでもなく、上手下手の物差しで一番上手ということでもなさそうである。この場では、とにかく、弱かろうが、下手だろうが、楽しんでいることが一番よいということと解釈したい。
そうなると、「知好楽」は「楽惑倶楽部」にとって非常に勇気をもらえる言葉となる。率直に言って、楽惑は弱いし、下手ではあるが、ラグビーというスポーツ、およびラグビーを通じて得られた人間関係を大いに楽しんでいるチームだからである。昔の偉人に「弱くてもいいんだよ、下手でもいいんだよ。楽しみなさい。」とささやかれているみたいで、とても救われる思いになる。

やはり、方向性としては、前述のとおり「楽しく惑う」が合っている。